ニコペコ/nico peco様の
★角弓スキさんに13のお題★をお借りしました。
※角弓ですがケイゴも出てきます。今の原作に沿ったお話。
君に伸ばした僕の手が君を捕まえられるこの位置を。
どんなに僕がこのままで居たいと願っても。
哀しいね。
世界が、それを許してはくれない。
ほら、僕たちを包む世界の方が、変わっていく。
【題13.変わる世界】
無機質で冷たい窓硝子を開き、ベランダに出る。
足の裏に伝わるひやりとした感触に、少しだけ、震えた。
秋に近い季節の夜風は涼しく、髪を、僅かに揺らして。
目を閉じ、そっと耳元に手を立てて。
深く、ふかく探る――この街に満ちる、漂う、虚の気配を。
(……”連中”の気配はない…これなら、出なくても…)
カラカラ――。
サッシの開く重い音と同時に、隣の部屋から人影がひょこっと姿を現した。
家主であり学友となり…巻き込んでしまった、形になる彼に、僅かに笑みを向けた。
「御免、起こしたかな?」
「や、それは全然…あの、もう一人は?」
サンダルをつっかけてベランダに下りる相手―ケイゴと名乗った彼は、
ちらり、と…真っ暗闇の中今は眠り続ける一角の居る部屋を見て、尋ねた。
心配…とは少し違うのかもしれない。もしかしたら、畏怖とか恐怖とか…
そっちの方がきっと強いんだろうな、と思いつつ、笑顔を浮かべた。
「大丈夫。今眠っているから、きっと起きた頃にはけろっとしてるよ」
「えぇえ!?や、あの怪我で起きてケロっとしてたらソッチの方が恐ろしいんデスが…」
「一角は怪我するの、慣れてるから…それに、僕がちゃんと治療したし」
だから大丈夫。
虚空を見上げてそう告げると、少し納得いかなさそうな顔をして、
ベランダの手摺に寄りかかり、同じように空を見上げた。
「結局、アンタとあの人って一体…」
何度目になるだろうか。
既に幾度も質問されたケイゴの言葉に、僕は微かに笑って、また同じ答えを紡ぐ。
「死神。君たちに危害を加える存在ではないから、安心して」
「……じゃあ、あのアフさんも死神…?」
「僕たちと同じ死覇装を纏っているのなら、死神」
「…なんであんな、血塗れになって戦ってたんだ?」
「それが”倒すべき敵”だから」
「…アンタらにとって、敵って一体何?」
「禁則事項だから、それは言えない」
「…なぁ、一護がアンタらと知り合いっていうことは、一護も…」
「禁則事項。それに、其処を探るのは推奨できない」
「…何で空座に来たんだ?」
「禁則事項」
何度も繰り返した会話。
んー…と悩みつつ頭をがしがしかいていたケイゴは、そのうち手摺に突っ伏した。
「何か今日一日色んなこと起こりすぎて、訳わかんねぇってマジで…」
率直な一言に、思わず笑みが毀れた。
確かにこの一日、僕自身もくらくらするほど、沢山のことが起こった。
現世への派遣、死神代行との再会、命じられたままの学園生活。
空間の揺らぎ、歪み、そして――今まで会った事もないような、強大な存在。
真っ暗な部屋の中、義骸に入って眠ったままの一角をちらと見る。
聞こえてきそうな規則正しい寝息が、正直有難い。自分が出来うる限りの治療は施した。
…一角のサポート役兼、全体の把握・伝令を買って出て、無理にでも現世に着いて来た。
空間凍結の甲斐あってか、見下ろす街は来た頃と変わりない姿を保っている。
取り合えず、役目は果たしたと言っていいだろう、先の戦いに限定すれば。
「……じゃあさ」
街全体を探って警戒していたところに声を掛けられ、視線だけで其方をちらと見る。
今までと違う言葉、切り出し方に、何、と小さく尋ね返す。
「…戦ってたときにアンタはずっと見てたのは…死神の掟か何かなのか?」
「……違うよ。あれは彼の信条。そして僕の我侭」
「…公私混同?」
「そう、見てもらっても構わない」
そう答えると、益々難しい顔をしてケイゴはへにゃんと力なく突っ伏した。
その姿を横目で見ながら、通信神機を開いて、新しい情報や指令がないのを確認する。
小型に設えられた黒のシルエットが、手の中でぱたんと閉じた。
「安心して…全てが終わった時には、君の記憶は全て除去させてもらうから」
「ちょ、待って…除去ってことはこう、俺の脳みそ引っ張り出してウギャーとか」
「警戒しないでよ。そんな物騒な手段は使わないから」
「…どっちにしろ、アンタらに関する記憶はなくなっちまうってこと?」
「そうだね。君は、ちょっと僕らの類が見えてしまうだけで、普通の人間だから」
「……こんだけ人の世界変えといて、それを全部忘れさせるっていうのもなぁ…」
唇を尖らせながらケイゴが零した一言に、思わず笑いを零した。
驚いたようにこちらを見遣る姿に、ゴメン、と謝って、目じりに浮かんだ涙を拭う。
見上げた空は…いつか現世に任務で来た時のように、限りなく、黒に近かった。
「元に戻るだけだから…覚えていてもいいことじゃないし」
「…そんなモン?」
「そういうもの…そうだね、ついでに人以外のモノ、見えないようにしようか?」
「いや、それはちょっと…考えさせてクダサイ」
身体を起こして手を振って拒否を示すその仕草に、そう、とだけ返して。
手摺から身体を離すと、空間に向かって手を翳した。刹那。
パシ、ン―――。
空気が圧縮し、すぐさま断ち切られる音と同時に、結界がこの家全体を包んだ。
「取り合えず、ここに置かせてもらう間は…僕は、君らのことを守る義務があるから」
「え!?何、何今の…?!」
「敵が来ても解るように、ちょっと空間に細工しただけ。それ以上のことはしていないから」
人間のために結界を張るなんて、ちょっと前までなら考えもしなかった。
現世に派遣されてから…いや、もっと前から……其れこそ、旅禍騒ぎの頃から。
僕らを包む世界は、あまりにもめまぐるしく変わり始めていて。
だからこそ僕は、君の隣だけは失いたくなくて、足掻いて。
「じゃあ、おやすみ」
「あ、えっと…弓親サン、だっけ?」
不意に名前で呼ばれ、思わず振り返る。
恐らく…教えてから初めて名前で呼んだであろう相手を見遣ると、
言おうかどうしようか悩んだ素振りのあと…少し小さな声で、僕に言った。
「…俺思うんだけど…多分記憶が無くなっても、元通りにはならないんじゃないかなーって」
「……そうかもね。というより、その方が正しいんだけど。”変わった世界”がまた”変わる”ことになるからね」
「えーとまぁ、そういうこと……あと、俺らのこと守るって…」
「巻き込んだ以上、保護する義務がある。それに、君たちを守ることは僕ら自身を守ることになるから」
「あ、そうデスカ…」
「…それじゃあ、おやすみ」
振り返らず、分厚い窓硝子の中の部屋に戻って。
眠り続ける一角の霊圧が僅かに弱まってるのを感じると、手を重ね、気を送り続けた。
僕が眠りに落ちるまで、ずっと。何かに祈るように、すがるように、手に手を重ねたまま。
翌朝、僕は何か喧騒のような声に目を覚ました。
眠ったままの一角を起こさぬようにそっと部屋の扉を開けると、ケイゴとあの女が喋ってるところだった。
「じゃあケイゴ、あたし先行くからね、片付けてきなさいよ!」
その一言が喧騒の終わりの合図だった。
ばたん、と玄関の扉が閉められ、いってらっしゃーい、と力なく手を振るケイゴが、其処に立っていた。
「…おはよう。何朝から話してたの?」
「あ、弓親サン…いや、そのですね…何て言ったらいいかな…」
制服の上に不釣合いなエプロンをつけたケイゴは、
僕の横をすり抜けて、食器が置かれたままの居間に戻りながら話す。
「…取り合えず姉貴に、一角サンと弓親サンのことは口外するな、って」
「……で、それは素直に聞いてもらえたの?」
「いやまぁあることない事並べまくったら納得してもらえましたよ!」
親指をぐっと立ててやり遂げた顔をする相手の姿に、何それ、と思わず微苦笑を浮かべた。
食事が終わった二人分の食器を台所に戻しながら、会話は続く。
「…昨日の夜、弓親サンに色々何度も聞いて、俺なりに出した考えっていうか…」
「……どんな?」
「イヤ本当俺なりなんだけど…知ることはイイことじゃないみたいだから、
これ以上知ってる人間出さないようにってのと…守ってもらってるんだから、俺も守れたらいいなーと…」
台所で食器を流しながらそう語るケイゴ。
その言葉を聴けば聞くほど、何故だか笑みが浮かんできた。
臆病で賑やかなだけじゃなくて、色んなことを自分の頭で考えて、自分なりの結論を出してる。
「それを考えられたなら、上出来。小難しいことは僕らでするから、それだけ守ってくれればいいよ」
笑みを浮かべてそう告げつつ傍に寄り、ケイゴのかけていたエプロンを奪い取って。
「え!?弓親サン…?」
「恩義に何も返さないのは僕の美学に反するからね。片付けは任せて、学校に向かいなよ」
「…じゃあ弓親サンは学校は?」
「今日は一角動けないだろうし、僕は一緒に家に居るよ」
色鮮やかな桜色のエプロンをかけながら、ケイゴを急かす。
さっき食器を流している手元を見て、どうすればいいのかは大方理解したところ。
手際よく片付け始めると、スイマセン、と一言返し、ケイゴは鞄を手に取った。
「弓親サンと一角サンの分、鍋に味噌汁と、ソコの皿の上のおにぎりどうぞ!」
「じゃあ、有難く頂戴するね?…ほら、もう遅刻するよ?」
「ぎゃぁ!?うわスイマセンいってきまーす!!」
と、玄関まで一直線に向かっていた足音が、急ブレーキをかけて戻ってきた。
どうしたのかと戻ってきた姿を見遣ると、ケイゴは、一言。
「あと、昨日の話で、全部終わったら俺の記憶消すって言ってたけど…
でも俺、弓親サンたちのこと忘れたりしたら…覚えてなくてもきっと、寂しいとか、思ったりすると思う」
それだけ、と告げてどたばた、と忙しない音を立てて家を出て行ったケイゴの足音を聞きながら、
…思わず不意打ちで、ぽかんとしてしまった。妙に気恥ずかしくなり、洗う手に力が篭る。
あぁ、素直ないい子だな、と。何だか、思った。
残り僅かだった洗物をさっと片付けると、一角の様子を見に部屋に戻って。
「……何だ、起きてたの?」
「夜中にいっぺん目ェ覚めたしな」
いけしゃあしゃあと語りつつ布団に寝転んだままの一角に、思わず溜め息をついて。
傍に座ると、身体に手を当てて具合を探る…傷が大方塞がっているのを感じ、ほっと、安心した。
「起き上がれる?」
「おー。夜中も起きて歩いたし」
「…呆れた。本っ当に無茶するんだから」
「んにゃ、その時はほんのちょっとだけどよ」
「…何かあったの?」
ニィ、と悪い笑みを浮かべた一角にどうにも嫌な予感を感じながら、聞いてみる。
帰ってきた答えは、案の定だった。
「俺らに対しては敬語使えってのをアイツに言っただけだぜ?」
あぁ、と。納得した。今朝のあの口調はそれでか。
よっぽど脅すような口調で言ったんだろうなぁ、と思い浮かべると、
あまりにも一角がいつも通りで、くすくすと笑みが毀れた。
「…ね、一角」
身体を起こして調子を確認する一角に言葉を投げかけると、何だ、と言いたげに見上げてきた。
自然と笑みが浮かんできて。言葉を、紡いでいた。
「ずっと変わらず居ようね…例え、世界がどんなに変わったとしても」
ほら、僕たちを包む世界が、変わっていく。
君に伸ばした僕の手が君を捕まえられるこの位置を。
どんなに僕がこのままで居たいと願っても。
世界は移り変わって其れを変えようとするけれど。
僕たちが変わらずに居ればきっと。
この手をずっと離さないで居れるから。
<END>
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