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三条琉瑠@秘姫堂のHP兼ブログ。BLEACHで弓受で徒然なるままに。 新旧十一番隊最愛。角弓・剣弓・鉄弓などパッションの赴くままに製作中。パラレルなども取り扱い中。 ※お願い※yahooなどのオンラインブックマークはご遠慮くださいませ。
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三条琉瑠
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明太子の国在住の社会人。
小咄・小説を書きながら細々と地元イベントにサークル出していたり何だり。
弓受なら大概美味しく頂けます。



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ニコペコ/nico peco様
★角弓スキさんに13のお題★をお借りしました。


※角弓ですがケイゴも出てきます。今の原作に沿ったお話。


君に伸ばした僕の手が君を捕まえられるこの位置を。

どんなに僕がこのままで居たいと願っても。

哀しいね。

世界が、それを許してはくれない。



ほら、僕たちを包む世界の方が、変わっていく。



 【題13.変わる世界】



 無機質で冷たい窓硝子を開き、ベランダに出る。
足の裏に伝わるひやりとした感触に、少しだけ、震えた。
秋に近い季節の夜風は涼しく、髪を、僅かに揺らして。
 目を閉じ、そっと耳元に手を立てて。
深く、ふかく探る――この街に満ちる、漂う、虚の気配を。

(……”連中”の気配はない…これなら、出なくても…)

 カラカラ――。
サッシの開く重い音と同時に、隣の部屋から人影がひょこっと姿を現した。
家主であり学友となり…巻き込んでしまった、形になる彼に、僅かに笑みを向けた。

「御免、起こしたかな?」
「や、それは全然…あの、もう一人は?」

 サンダルをつっかけてベランダに下りる相手―ケイゴと名乗った彼は、
ちらり、と…真っ暗闇の中今は眠り続ける一角の居る部屋を見て、尋ねた。
心配…とは少し違うのかもしれない。もしかしたら、畏怖とか恐怖とか…
そっちの方がきっと強いんだろうな、と思いつつ、笑顔を浮かべた。

「大丈夫。今眠っているから、きっと起きた頃にはけろっとしてるよ」
「えぇえ!?や、あの怪我で起きてケロっとしてたらソッチの方が恐ろしいんデスが…」
「一角は怪我するの、慣れてるから…それに、僕がちゃんと治療したし」

 だから大丈夫。
虚空を見上げてそう告げると、少し納得いかなさそうな顔をして、
ベランダの手摺に寄りかかり、同じように空を見上げた。


「結局、アンタとあの人って一体…」

 何度目になるだろうか。
既に幾度も質問されたケイゴの言葉に、僕は微かに笑って、また同じ答えを紡ぐ。

「死神。君たちに危害を加える存在ではないから、安心して」
「……じゃあ、あのアフさんも死神…?」
「僕たちと同じ死覇装を纏っているのなら、死神」
「…なんであんな、血塗れになって戦ってたんだ?」
「それが”倒すべき敵”だから」
「…アンタらにとって、敵って一体何?」
「禁則事項だから、それは言えない」
「…なぁ、一護がアンタらと知り合いっていうことは、一護も…」
「禁則事項。それに、其処を探るのは推奨できない」
「…何で空座に来たんだ?」
「禁則事項」

 何度も繰り返した会話。
んー…と悩みつつ頭をがしがしかいていたケイゴは、そのうち手摺に突っ伏した。

「何か今日一日色んなこと起こりすぎて、訳わかんねぇってマジで…」

 率直な一言に、思わず笑みが毀れた。
確かにこの一日、僕自身もくらくらするほど、沢山のことが起こった。
現世への派遣、死神代行との再会、命じられたままの学園生活。
空間の揺らぎ、歪み、そして――今まで会った事もないような、強大な存在。
 真っ暗な部屋の中、義骸に入って眠ったままの一角をちらと見る。
聞こえてきそうな規則正しい寝息が、正直有難い。自分が出来うる限りの治療は施した。
…一角のサポート役兼、全体の把握・伝令を買って出て、無理にでも現世に着いて来た。
空間凍結の甲斐あってか、見下ろす街は来た頃と変わりない姿を保っている。
取り合えず、役目は果たしたと言っていいだろう、先の戦いに限定すれば。

「……じゃあさ」

 街全体を探って警戒していたところに声を掛けられ、視線だけで其方をちらと見る。
今までと違う言葉、切り出し方に、何、と小さく尋ね返す。

「…戦ってたときにアンタはずっと見てたのは…死神の掟か何かなのか?」
「……違うよ。あれは彼の信条。そして僕の我侭」
「…公私混同?」
「そう、見てもらっても構わない」


 そう答えると、益々難しい顔をしてケイゴはへにゃんと力なく突っ伏した。
その姿を横目で見ながら、通信神機を開いて、新しい情報や指令がないのを確認する。
小型に設えられた黒のシルエットが、手の中でぱたんと閉じた。

「安心して…全てが終わった時には、君の記憶は全て除去させてもらうから」
「ちょ、待って…除去ってことはこう、俺の脳みそ引っ張り出してウギャーとか」
「警戒しないでよ。そんな物騒な手段は使わないから」
「…どっちにしろ、アンタらに関する記憶はなくなっちまうってこと?」
「そうだね。君は、ちょっと僕らの類が見えてしまうだけで、普通の人間だから」
「……こんだけ人の世界変えといて、それを全部忘れさせるっていうのもなぁ…」

 唇を尖らせながらケイゴが零した一言に、思わず笑いを零した。
驚いたようにこちらを見遣る姿に、ゴメン、と謝って、目じりに浮かんだ涙を拭う。
見上げた空は…いつか現世に任務で来た時のように、限りなく、黒に近かった。

「元に戻るだけだから…覚えていてもいいことじゃないし」
「…そんなモン?」
「そういうもの…そうだね、ついでに人以外のモノ、見えないようにしようか?」
「いや、それはちょっと…考えさせてクダサイ」

 身体を起こして手を振って拒否を示すその仕草に、そう、とだけ返して。
手摺から身体を離すと、空間に向かって手を翳した。刹那。

 パシ、ン―――。

 空気が圧縮し、すぐさま断ち切られる音と同時に、結界がこの家全体を包んだ。

「取り合えず、ここに置かせてもらう間は…僕は、君らのことを守る義務があるから」
「え!?何、何今の…?!」
「敵が来ても解るように、ちょっと空間に細工しただけ。それ以上のことはしていないから」

 人間のために結界を張るなんて、ちょっと前までなら考えもしなかった。
現世に派遣されてから…いや、もっと前から……其れこそ、旅禍騒ぎの頃から。
僕らを包む世界は、あまりにもめまぐるしく変わり始めていて。

 だからこそ僕は、君の隣だけは失いたくなくて、足掻いて。


「じゃあ、おやすみ」
「あ、えっと…弓親サン、だっけ?」

 不意に名前で呼ばれ、思わず振り返る。
恐らく…教えてから初めて名前で呼んだであろう相手を見遣ると、
言おうかどうしようか悩んだ素振りのあと…少し小さな声で、僕に言った。

「…俺思うんだけど…多分記憶が無くなっても、元通りにはならないんじゃないかなーって」
「……そうかもね。というより、その方が正しいんだけど。”変わった世界”がまた”変わる”ことになるからね」
「えーとまぁ、そういうこと……あと、俺らのこと守るって…」
「巻き込んだ以上、保護する義務がある。それに、君たちを守ることは僕ら自身を守ることになるから」
「あ、そうデスカ…」
「…それじゃあ、おやすみ」

 振り返らず、分厚い窓硝子の中の部屋に戻って。
眠り続ける一角の霊圧が僅かに弱まってるのを感じると、手を重ね、気を送り続けた。
僕が眠りに落ちるまで、ずっと。何かに祈るように、すがるように、手に手を重ねたまま。



 翌朝、僕は何か喧騒のような声に目を覚ました。
眠ったままの一角を起こさぬようにそっと部屋の扉を開けると、ケイゴとあの女が喋ってるところだった。

「じゃあケイゴ、あたし先行くからね、片付けてきなさいよ!」

 その一言が喧騒の終わりの合図だった。
ばたん、と玄関の扉が閉められ、いってらっしゃーい、と力なく手を振るケイゴが、其処に立っていた。

「…おはよう。何朝から話してたの?」
「あ、弓親サン…いや、そのですね…何て言ったらいいかな…」

 制服の上に不釣合いなエプロンをつけたケイゴは、
僕の横をすり抜けて、食器が置かれたままの居間に戻りながら話す。

「…取り合えず姉貴に、一角サンと弓親サンのことは口外するな、って」
「……で、それは素直に聞いてもらえたの?」
「いやまぁあることない事並べまくったら納得してもらえましたよ!」

 親指をぐっと立ててやり遂げた顔をする相手の姿に、何それ、と思わず微苦笑を浮かべた。
食事が終わった二人分の食器を台所に戻しながら、会話は続く。

「…昨日の夜、弓親サンに色々何度も聞いて、俺なりに出した考えっていうか…」
「……どんな?」
「イヤ本当俺なりなんだけど…知ることはイイことじゃないみたいだから、
 これ以上知ってる人間出さないようにってのと…守ってもらってるんだから、俺も守れたらいいなーと…」

 台所で食器を流しながらそう語るケイゴ。
その言葉を聴けば聞くほど、何故だか笑みが浮かんできた。
臆病で賑やかなだけじゃなくて、色んなことを自分の頭で考えて、自分なりの結論を出してる。

「それを考えられたなら、上出来。小難しいことは僕らでするから、それだけ守ってくれればいいよ」

 笑みを浮かべてそう告げつつ傍に寄り、ケイゴのかけていたエプロンを奪い取って。

「え!?弓親サン…?」
「恩義に何も返さないのは僕の美学に反するからね。片付けは任せて、学校に向かいなよ」
「…じゃあ弓親サンは学校は?」
「今日は一角動けないだろうし、僕は一緒に家に居るよ」

 色鮮やかな桜色のエプロンをかけながら、ケイゴを急かす。
さっき食器を流している手元を見て、どうすればいいのかは大方理解したところ。
手際よく片付け始めると、スイマセン、と一言返し、ケイゴは鞄を手に取った。

「弓親サンと一角サンの分、鍋に味噌汁と、ソコの皿の上のおにぎりどうぞ!」
「じゃあ、有難く頂戴するね?…ほら、もう遅刻するよ?」
「ぎゃぁ!?うわスイマセンいってきまーす!!」

 と、玄関まで一直線に向かっていた足音が、急ブレーキをかけて戻ってきた。
どうしたのかと戻ってきた姿を見遣ると、ケイゴは、一言。

「あと、昨日の話で、全部終わったら俺の記憶消すって言ってたけど…
 でも俺、弓親サンたちのこと忘れたりしたら…覚えてなくてもきっと、寂しいとか、思ったりすると思う」

 それだけ、と告げてどたばた、と忙しない音を立てて家を出て行ったケイゴの足音を聞きながら、
…思わず不意打ちで、ぽかんとしてしまった。妙に気恥ずかしくなり、洗う手に力が篭る。
あぁ、素直ないい子だな、と。何だか、思った。
残り僅かだった洗物をさっと片付けると、一角の様子を見に部屋に戻って。


「……何だ、起きてたの?」
「夜中にいっぺん目ェ覚めたしな」

 いけしゃあしゃあと語りつつ布団に寝転んだままの一角に、思わず溜め息をついて。
傍に座ると、身体に手を当てて具合を探る…傷が大方塞がっているのを感じ、ほっと、安心した。

「起き上がれる?」
「おー。夜中も起きて歩いたし」
「…呆れた。本っ当に無茶するんだから」
「んにゃ、その時はほんのちょっとだけどよ」
「…何かあったの?」

 ニィ、と悪い笑みを浮かべた一角にどうにも嫌な予感を感じながら、聞いてみる。
帰ってきた答えは、案の定だった。

「俺らに対しては敬語使えってのをアイツに言っただけだぜ?」

 あぁ、と。納得した。今朝のあの口調はそれでか。
よっぽど脅すような口調で言ったんだろうなぁ、と思い浮かべると、
あまりにも一角がいつも通りで、くすくすと笑みが毀れた。

「…ね、一角」

 身体を起こして調子を確認する一角に言葉を投げかけると、何だ、と言いたげに見上げてきた。
自然と笑みが浮かんできて。言葉を、紡いでいた。


「ずっと変わらず居ようね…例え、世界がどんなに変わったとしても」



ほら、僕たちを包む世界が、変わっていく。


君に伸ばした僕の手が君を捕まえられるこの位置を。

どんなに僕がこのままで居たいと願っても。

世界は移り変わって其れを変えようとするけれど。


僕たちが変わらずに居ればきっと。

この手をずっと離さないで居れるから。


<END>
PR
ニコペコ/nico peco様の
★角弓スキさんに13のお題★をお借りしました。

※予告編と統合しました。
シリアス角弓。捏造考察アリ。
初心に戻って残酷で冷たい弓を書こうと思いました。
ちょびっと流血表現アリ。


「ね…皮肉なものだろう?」

 空気がずるり、と、禍々しく動く。
空間の歪曲。大気の鼓動。世界の畏怖。
くつくつと口元に浮かべる笑みは歪。
瞳ばかり哀しそうに笑っては、つぅ、と頬を一筋、涙が落ちた。

 零れる血。紅花よりも赤い其れが、死神の指先から零れては地面に滲みる。


「月は、太陽が出ていない時が一番美しいなんて」


 刹那。
 人喰い孔雀の翡翠の翼が、仄光り羽根を伸ばした。


【題8.太陽と月】


 もがく。足掻く。喰われては為るものかと、虚の腕は空しく虚空を掻いた。
苦しい、という感覚がないことが一番恐ろしい。
痛みもない、苦しさもない。唯、体力が失われていく感触。
――否、”己”が失われていく、感触。

 咲き狂う藤孔雀の能力、其れは”崩壊”――。

 世界と他を同一化させ、存在するために内包している霊子を、世界に戻す。
硝子に満たされた水が、触れられる事無く気化し大気に混じると例えれば良いだろうか。
其の行為は、消耗であり疲労。先の檜佐木に仕掛けたモノがそうであったように。


 虚が、もう一度足掻き始めた。
完全に消耗させられる前に仕留めれば、勝てる。
だが、揮った爪は届く事無く、大気に四散して消えた。


 死神が、艶やかに笑う。

「悪いけど、加減は出来ない…卑怯だって?…そんなことはないよ」

 翡翠色の孔雀の羽根が伸びた箇所が、”外殻崩壊”を始めた。


 ――自意識のない恐ろしさを、考えたことはあるだろうか?
完全なる”崩壊”は即ち”個”の崩壊であり、世界という”全”と同一し、意思を失うと云う事。
其処にあるのは唯、永劫の浮遊感。”無”ではなく、意思を持つことすら許されぬ、喪失。


「彼を不意打ちしようとした時点で、貴様は一番醜く、除外すべきモノなのだから――」


 艶やかに笑っていた死神の声が、冷たく弦を張った。
呼応するかのように、孔雀の羽根が一斉に伸びる。
まるで其れは――喰らい尽くしてしまわんと。

 貪られる。屠られる。殺される。
痛みもなく己が消えていく様を、恐ろしいほど鮮明に、虚は感じていた。

 冷たい眸が、見下ろす。
一片の慈悲もないその眸に、懺悔を求めるように最後の手が伸ばされる。


「―――喰らう価値すら、貴様達にはない」


 そして、静寂だけが世界を支配した。


 殻を失った霊圧が、元に戻ることは無い。
この力を己自身でも奇異だと、恐怖したこともあった。
嘆き、苦しみ、狂いそうになったこともあった。『力』を使えば使う程、彼からは遠ざかる。
与えるものは死以上の痛み。ならば自分の背負う咎は殺し以上のモノ?


 零れる血。紅花よりも赤い其れが、死神の指先から零れては地面に滲みる。


 僅かに濃度を増した大気の霊圧が、己が口から沁み込んで体内を侵すようで。
自分が崩壊させた虚の気配を感じ、死神は口を押さえた。
殺すということは、殺されるということと背中合わせで。
其れに怯える自分を見せぬようにと誤魔化す自分を、醜いと思った。

 だからこそ、殺されることをも厭わぬ彼らを美しいと、誇りに思った。
鬼神、修羅、羅刹。彼らの存在は死と同義。死こそ誇り。死のみが終焉。
其処に身をおき、同一になりたいと願った。同じ”モノ”になりたいと思った。

 なのに。


「ッ、い……っか、く…――」

 ぐらぐらする意識に耐え切れず、四肢を地面に投げ出した。
全身から冷や汗が滲み出し、呼吸がひぅと狭くなり、危うくなる。
引きつるような手足、目の前にノイズが走る。零れる言葉で呼んだのは、愛しい人の名だった。
 其れは力の副作用だろうか、罪の呵責だろうか。
途切れそうになる意識の中、指先から漆黒の地獄蝶を取り出す。
ひら、と其れが舞い上がった空は、眩い程の満月が薄く輝く夜空だった。


 本隊から離れすぎて深追いした森の中、仰向けになっても見えるのは夜空だけ。
煌々と身を光らせる月に、不意に歪んだ笑みが浮かんだ。
蒼と、仄金のコントラストが、危うい意識に霞がかり、ひとつの言葉を思い浮かばせる。


  月が夜に一番美しいのは


 舞い上がって消えた筈の地獄蝶の気配を感じ、続いて、彼の気配を感じて。
みっともない姿を見せてしまう、と僅かに表情を曇らせた。
だけど同時に…一番最初にこの姿を見つけるのが彼で良かったと、死神は思った。


  その尤も輝く姿を 太陽に見られたくはないから


 死の香と血の香が漂う月の下、そうして弓親は意識を手放した。

【終】
ニコペコ/nico peco様の
★角弓スキさんに13のお題★をお借りしました。



「まぁ、そういうわけで」

 拍手を止めた綾瀬川が、憎らしいくらいの笑顔で俺に向き直った。
既に無視を決め込んで頬杖をついたままの俺の目の前にぴっと立ち。

「じゃあ早速、やろっか?」
「”じゃあ”の繋がりが全然解らねぇよ。接続詞の基本に立ち返りやがれ」

 俺の受難と言う名の惨劇の幕が、上がったわけだ。


【題1.13センチ。】(予告編をご覧の上どうぞ)


 ちょっと準備してくる、と言って奥の部屋に引っ込んだ綾瀬川が、顔を見せた。
にこっと満面の笑みで立ちポーズを決め、ご丁寧にくるんと回って見せてくれた。

「どう?」
「…どう、って……何も変わってねぇよな?」

 頭の先から足元まで見て出てきた返事は、正直コレ。
一体どこが、草鹿いわくの『ゆみちゃんとつるりんのじゅうさんせんちを何とかしようの会』の活動なのやら。

「ろっきゅんあさはか~!ちゃーんと変わってるよぉ!」

 随分手厳しい言葉だな、オイ。
俺の隣でぶーぶーと抗議の声を上げる草鹿の声に頭を痛めつつ、
もう一度俺は綾瀬川の全身をじっと見る。浅はか呼ばわりは、頂けねぇ。
何が変わったというのか。それがぱっと解るにはあれか、コイツらが言うところのオトメ心が必要なのか。
 …ふ、と。上から下までの視線が三往復しようかというところで。
俺の目は、微細な間違い探しを見つけて、思わずがたっと席を立ち上がる。
 一歩、二歩、と綾瀬川に近付いて、違いが明白になる。
普段より少し、目線が高い。

「……何履いてんだ?」
「気付いた?あんまり違和感ないでしょ?」

 ふふん、と何故だか綾瀬川は誇らしげに笑って、胸を張った。
貴婦人のドレスをそうするように袴をちょいとつまみ上げ、綾瀬川の足元が露になる。
俺が人目で見抜けなかった理由…ぱっと見、コイツが普段履いている草履と区別がつかなかったモノ。
 …どこかで確かに見たことがあるんだが、コレは何だ?
……というか、何だか、思い出せないほうが幸せな気がしてきた。
いや、思い出すといらん記憶やらを引きずり出しそうな気がした。

「ネムちゃんのミュールを借りてきたの!」
「ね、うちの副隊長凄いでしょ?もー、部下思いなんですから!」
「とーぜんだよっ★ゆみちゃんの幸せを、同じオトメとして祈ってるんだもん!」

 バチコーン★とウィンクをしながら指をぴっと立てる草鹿。
ものすっごい笑顔でくねっとしつつ草鹿を褒める綾瀬川。
いや、それはさて置き、だ。今何て言った?何を借りてきたって?

 よりにもよって”あの”涅ネムの履物を、わざわざ”こんなコトのため”に借りてきたって?

「…なぁ草鹿。涅隊長に…見つからなかったか?」
「うぅん?だって貸してくれたのマユリさんだもん」
「……俺、今ならお前を駄目な方向に尊敬できる自信あるぞ」

 一体どんな顔して、どんな言葉で、貸してもらったんだろうか。
ちょっと想像してみたが、何だか開いてはいけない扉を開きそうな気がしたので、強制終了。
理由を全部話した上で借りてこれたなら…駄目尊敬決定だ。

「別にそれでいいんじゃないか?違和感そんなにないし」

 おおよそ3cm背の伸びた綾瀬川を見ながら、腕組みをして言ってやった。
溜め息交じりなのは流せ。正直、俺は早く解放されたい。
俺の其の言葉に気を良くしたのか、綾瀬川は今にもスキップしそうな勢いで数歩跳ねる。
 ふ、と俺は思い出して、早く飛び出していきたいだろう其の背中に、聞いた。

「なぁ、綾瀬川…お前、射場さんと並ぶのも嫌なのか?」

 確か斑目と射場さんの身長は同じ筈。
それならと聞いた俺に、綾瀬川は心底不思議そうな顔で振り返って。

「なんで?」
「いや何でって…13cmの差が嫌なら嫌じゃねぇのか?」
「別に?鉄さんは鉄さんじゃん」

 どうして射場さんは良くて斑目は駄目なのか。
そこはアレか、もしかしてオトメ心のみぞ知るゾーンなのか。
…気付かなきゃ良かった。多分そうだぜオイ。
 
 まぁ、何はともあれこれで帰れる。
綾瀬川の背中を見送ってそう思った俺ってやっぱり浅はかだったんだな、と。
思い知ったのは、直後のことだった。



「……で、手合わせして派手にすっ転んでオマケに馬鹿にされた、と」

 お前馬鹿だろ、と追い討ちをかけなかったのは、ちょっとだけ俺の優しさだ。
死んだ魚のように机に突っ伏したままぐったりと動かない綾瀬川。
その頭を草鹿がよしよし、と撫でて慰める。何つーか、凄いレアショットなのは間違いないんだけど、な。

 結局ミュールを履いて斑目に会いに行った。そこまでは良かったらしい。
だが戦闘バカの斑目に付き合わされて手合わせになり、
爪先から踏み込んだ瞬間、バランスを崩して派手に前のめりに突っ込んで。
後はこの様子から推して知るべし、だ。

「だって…一角ってば”そんなツッカケ履いてるからだろ”とか言うんだよ…?」
「親父かアイツは」

 今頃ミュールをツッカケとか聞いたことねぇぞ。
アイツの頭の中ではミュールもサンダルもツッカケも同じものなんだろうな。間違いない。
取り合えず作戦失敗ということで解散していいものか、と
茶を啜りながら虚空を見上げていた俺の耳に、草鹿の元気な声が届いた。

「ゆみちゃん、元気出して。大丈夫だよ、あたしがまた借りてきてあげる!」

 ね?と満面の笑みを見せる草鹿。
その自信は何処から出てくるんだろうか。そんなちっちゃな体のドコから。
そんな草鹿が俺のほうを向いて、もう一度、ね?と笑みを見せた。
 ……いや、本当に何となくなんだがな。
嫌な予感は当たるモンだって、最初に言い出したのは誰なんだろうな。



「かーなーちゃんっ!お願いきいてー!」

 元気な少女の声が、九番隊隊舎の廊下にこだました。
その声に、部屋の主が穏やかな笑みを浮かべながら障子を開き、
背の高いその身を屈め、小柄な少女と同じ高さに視線を落として。

「やちるちゃん…今日はどうしたのかな?」
「あのねっ、かなちゃんじゃないとできないお願いなの!」
「そう…私でよかったら…どんなお願いなんだい?」
「あのねあのねっ、かなちゃんの靴を貸してほし

「人の隊の隊長になんつー下らないお願いしようとしてんだ草鹿ー!!!」

 置いてけぼりにされた十一番隊隊舎から此処まで、恐らく最短記録で走り抜けただろう。
得意の歩法を惜しげもなくフル活用した俺の身体は、残像も残らぬ速さで此処まで来て。
大声を出した後ぜぇはぁと息を切らす俺を不思議そうに見遣る東仙隊長。
そんな間にも、草鹿は話を進めようとしやがった。

「かなちゃんのお靴!うちのゆみちゃんに貸してほしいの!」
「ゆみちゃん……もしかして、綾瀬川君のことかな?」
「いや、隊長ッ、聞かないでいいですよ…も、下らないことですから…」

 我が隊の尊愛する隊長は、優しくて、人が良くて…ちょっと、天然だ。
そんな隊長が押し切られたら嫌という筈ない。断言出来る。
隊長を守るのも副隊長の役目と言うなら、俺は何が何でも隊長を守らなくてはならない。
つーかそんな下らない会に隊長まで巻き込めるか!
きっと隊長のことだから、何があったどうしたと楽しそうに嬉しそうに狛村隊長辺りに話して、
同席している俺が何とも言えない目で見られるんだ…それは勘弁こうむりたい。
 平素がそうだってのに、これ以上面倒増やしてなるものか…!

 そんな俺の騎士精神は、草鹿の言葉で容易く崩壊を迎えたのであった。

「お願いっ!ゆみちゃんのしあわせのためなの!」
「…綾瀬川君の、しあわせの、ため…?」
「そう!そしてそれはね、かなちゃんにしか出来ないことなの…お願い!」

 うるうるっと瞳を潤ませて、胸の前で手を組んで、真摯にお願いする草鹿。
しかも言葉はことごとく隊長のポイントを突きやがった。
隊長が…優しくて人が良くて、疑うことを知らないような超のつく天然のこの人が、
そんないたいけな少女の願いを快く聞かないなんてコト、ありえない。
 あぁもう何ていうか草鹿を見る顔が嬉しそうだ!
そりゃそうだろう、人の幸せのお手伝いを出来るんだ。
普段から七夕の短冊に”世界平和”をお願いするような人なんだ。
皆の幸せを願ってやまない人だし、その為には何をもいとわない人だし。
そんな所を心底尊愛しているから、俺はこの人の副隊長で居たいと思う。

 騎士が幾ら頑張っても君主が自ら無血開城しちゃった場合ってのは、
忠誠心高らかな騎士はどうしたらいいモンだかな?



「有難う、檜佐木副隊長。わざわざ持ってきてもらって」
「礼は言い。つか言うな、ムカつくから」

 あのままだとこの場所まで来そうな勢いだった東仙隊長を何とか説得して、
結局俺が隊長の靴を持ってくることで収まった。ナイス、俺。

「言っとくけど汚したりするなよ?折角隊長が貸してくれたんだからな?」
「そこまでモラルない人間じゃないよ…失礼だなぁ」
「お前の知るモラルと俺が知る世間一般のモラルには隔たりがあるように思えるからな、念のためだ」

 慣れない手つきでブーツを履く綾瀬川に、俺は冷ややかな視線と言葉を投げた。
そもそもお前にモラルがあるというのなら、こんな事に俺を巻き込むんじゃねぇ、と、
悪態ついてやろうかと思ったがそれは疲れるだけのような気がして、言葉を飲み込んだ。
 やがて真っ白なブーツに足元が包まれると、よし、と一声かけて綾瀬川は立ち上がった。
先程よりもまた、身長の差がそれだけでゼロに近付く。

「結構これ高いね…何センチくらいあるんだろ、底」
「あー…確か6cmくらいって言ってたな、隊長」
「6cmかぁ………」
「…何だよ、人の顔じっと見やがって」
「ブーツを抜いでも自分より高い人が好きなんて、君、かわいそう…」
「激しくほっとけ!次ソコに触れてみろ、蹴倒すぞ!」

 かわいそうな目で俺を見るな。
人の傷口を爪先でぐりぐりっと抉った上に塩を塗りこんでくれる言葉が痛ぇんだよ。
自分のこめかみに青筋がぴしりと立つのを感じ、やっぱ一発蹴り入れてやろうかと思ったとき。

「おー、弓親お前こんなトコに居た…って何だ、副隊長と檜佐木も一緒かよ。何してんだ?」

 廊下を通りかかった斑目が、入り口から顔を覗かせた。
何も知らないっつぅのは幸せだけど罪でもあるよな、と大仰に肩を竦めて別に、と返して。
綾瀬川は明らかに嬉しそうな笑みを浮かべ、ととっと斑目の傍に寄った。
視線がいつもより高いので上機嫌なのだろう、くるくるっと舞うようにステップを踏んでは
近寄り、すれ違うようにして、横に並んだり、と。
 有頂天って今の綾瀬川のためにあるような言葉だよなぁ、と目のやり場に困って横を向くと、
草鹿がにまーっと嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

「いーっかく、もしかして、探してくれてた?」
「イヤ、そういうワケじゃねェけどよ。お前今日様子おかしいな…って、お前何してんだ」
「え?解る?解っちゃう?」

 うきうきっと満面の笑みを浮かべて綾瀬川は斑目の目の前でストップした。
あれで普通に受け答えしている斑目を、俺はちょっと尊敬する。
俺ならきっと、拳叩き込んでると思う。浮かれすぎていっそ阿呆くさい。
 はぁーっと深い溜め息をつきつつ事の顛末を見守ってると。
斑目が、綾瀬川の肩を数度ぽんぽん、と叩き、うん、と一人何かを頷いた。

「脱げ」
「え?!…や、やだなぁ一角こんなトコで脱げなんて大胆…」
「靴脱ぐのが大胆か?いいから脱げって。調子狂うしよ」

 多分、今の俺って鳩が豆鉄砲食らったような顔してるんだろうな。
でもそれは俺だけじゃなくて、綾瀬川も、ついでに草鹿も。
総唖然状態の俺たちに不思議そうに眉を顰めながら、斑目が言葉を続ける。
俺は思った。コイツきっと、天然のタラシなんだろうなぁ、と。

「つーか、肩に手ェ置きにくいし、回しにくいし。お前じゃねェみたいで落ち着かねェから」



「お帰り檜佐木…あぁ、わざわざ靴を持ってきてくれたのかい?」
「えぇ、綾瀬川にここまで来させるのも何だったんで…」
「済まないね……どうだったかな、綾瀬川君は」
「あぁ、伝言たまわってます。”本当に有難う御座いました。おかげでしあわせになれました”と」
「そう…良かった……」

 ”13センチの嬉しさを再確認できたのでしあわせになれました”なんて言える筈もなく。
嬉しそうにふわりと微笑む隊長に、俺はそれ以上の言葉を出すことは出来なかった。


 綾瀬川、俺の時間と苦労、利子つけて返せ。

<END>
角弓で、さりげに修要です(笑)
やっちの”ろっきゅん”呼びは、ほっぺのアレが由来で。
ちょっとハイテンションでオトメなゆみちで書いてみました。
13センチって結構ありますよね。ほぼ理想のカップル身長差じゃないか…!
※本日諸事情によりお話更新をお休みさせて頂きます。
今日はお話の変わりに、明日書く予定のお題の予告を。
修兵さん出張ってますがちゃんと角弓です。
サウンドノベル風コミカルギャグで行きたいと思います※


【題1.13センチ。 予告編】


――俺は物凄く困惑していた。
書類を十一番隊に持ってきたのはいい。それは仕事だ。
其処で小さな怪獣の副隊長に呼び止められたのもいい。いつもの事だ。
で、何時も通りに軽く流してさっさと帰るつもりが――


「協力してくれるよね、ろっきゅん★」
「有難う御座います檜佐木副隊長。お手伝いいただけるなんて」
「待て草鹿、綾瀬川。俺いつ”うん”て言った?」

 本人の意向が一番後回しかよ。それ何て我が道?

 俺は有無を言うことも出来ず、机に頬杖をついてうんざりした表情を浮かべた。
俺の表情を見た草鹿が明らかさまに頬を膨らませたが、知ることか。
第一、俺がコイツら二人が言うところの相談に乗ってやる義理も、
その手助けをする意思も全く、これっぽっちも、欠片だってない。

「やっぱりほら、好きな人とは肩を並べていたいんですよね…」
「わかる~!ゆみちゃん、あたしそれわかるよ!オトメ心、ってやつだよねぇ~」

 何処からツッコめばいいんだソレは。
オトメと言うにはちっちゃ過ぎると思う、か、そもそも片方は男だ、か。
…いや、男でもオトメ心ばっちり持ってそうなのは同意だが。ソレを許容してやれる程俺は優しくない。

「というわけでっ!」

 机の上に乗った桃色少女の指先が、びしっと虚空を指した。

「ゆみちゃんとつるりんのじゅうさんせんちを何とかしようの会、活動開始~★」

 ぱちぱち、と綾瀬川の拍手が草鹿の声に同調する。
机の上に置かれた湯呑からは、場違いなほどのどかな香りと微かな湯気。
無理やりつれてこられて、何が何だか解らないまま、奇妙な会の一員にされて。

 俺は心底思った。意味はないと悟りつつ、言葉は既に口から出ていた。


「なぁ、俺もう帰っていいか?」


 どうなる、俺。

【つづく】
ニコペコ/nico peco様
★角弓スキさんに13のお題★をお借りしました。



 何時かは起こりえる未来なら

 「――…ッ、一角、危ないっ!!」

 其の時、君の眸に最後に写るのは僕であればいいと思う

 そして、僕の眸に最後に君が写るのならば


 僕は君に―――


 【題11.隣合わせの死】

 ガ、ギィイイッ――!
金属が削りあう音が、一面に響き渡った。
虚の振り下ろした硬質に変化した腕を遮った藤孔雀が、刃を鳴かす。
火花を散らしながら腕を滑りぬけ、弓親は虚空に飛び出た。

「…テメェ、助けろなんて俺は一言も言ってねェぞ!」

 後方支援を担当していた筈の弓親に、背を向けたまま一角は叫んだ。
叫びつつ、振り下ろされる別の虚の一撃をかわし、上から一刀両断に叩き斬る。

「貸しひとつだよ。別に、助けに入ったわけじゃないから!」
「ンじゃ何だってんだ、人の楽しみ取りやがって!」

 二人について虚討伐に出ていた部下達は、其のやり取りに唖然とした。
向き合う事無く、背を向けた同士のまま、虚を其の――始解もせぬ刃で次々と切り伏せ、
一匹斬ればまた次へ、休む事無く走ってゆく。
 化け物だ――誰かがそう呟いた。
己達が隊長だけでなく、この、強大な力を持つ席官達も、また。
――其の声に構うことなく、弓親は、一角へ声を投げた――口元に、淑やかな笑みを浮かべ。

「……僕だって、戦いたくなっただけ!」

 タンッ――
重力などないかのように、弓親が虚の一匹を足場に、空高く舞い上がる。
みるみる高度を上げる燕のような姿に、虚達は我先にと其の身を伸ばし、口を開いた。


 「 咲け――藤孔雀! 」

 其の始解を奏でる声は、果たして耳に届いただろうか。
四刃の鉤鎌へと姿を変えた斬魄刀は、横薙ぎの一度の余波だけで
取り囲んだ虚達を切り裂き、唯の朽片へと変えていく。
 刃の残像が右へ左へと翡翠色に揺れる度、風に裂かれたかのように、
虚達は其の身体の一部をぼとぼとと落とし、塵に還っていった。


 空に鳥が舞い上がれば、地上では獣が牙を剥いていた。


 「 裂けろ、鬼灯丸! 」

 距離を取ろうと身を引いた虚の腹に、三節棍の刃が深々と突き刺さる。
声にならぬ醜い叫び声を上げてのた打ち回る虚の頭を、逆節が叩き割った。
浴びる返り血に構わず、一角は振り向きざまに背中を狙った虚の首を棍の節で薙ぎ、
首の骨を砕いた上で逆袈裟に刃を走らせ、心の臓を裂き破る。


 地上で蠢いていた虚の残党が獣の牙に怯え逃げようとした其のとき、
遥か上空で、ぱち、と微かに霊子同士が弾けあう音がした。
…其れは、霊圧の察知や鬼道に長けた死神でも、気付かないような微かな蠢きだった。

「――三千世界の風見鶏――」

 幾重もの虚を足場にかなりの高度まで飛び上がった弓親は、謡うような声で詠唱を始めた。

「――十六夜の月、羽瞬かす十姉妹――刹那にして千里翔け、五十の鈴漸う鳴らせ!」

 ぱ、ちん――
大気中の霊子が、渦を巻きながら収縮を始める。
詠唱を間近で耳にした虚が、慌てて元来た空を戻り始める姿に、弓親はくつ、と喉の奥から笑った。

「……遅いよ」

 轟、と、弓親の横に空気が収縮し、三つの紋と化した。


 其の時、地上に居た者は皆、雷鳴のような空に何かの走る音を、感じた。
何事かと空を仰ぐ間もなく、一角が棍を収め、声を張り上げた。

「テメェら、死にたくなけりゃ、後ろ振り向かずに今すぐ走れ!」

 一角の声にわっと散らばり始めた隊員を他所に、風の塊はぐんぐん速度を増し、
空が落ちるかの如く衝撃を撒き散らしながら地面へと、虚を幾匹も叩きつけた。
かろうじて直撃を逃れた虚が、其れでも身体を削り取られ、力なく其の身を上げた刹那。

「悪ィな、終いだ」

 ザン――
弧を描く鬼灯丸が、次々に虚の首を横に斬り飛ばしていく。
じゃらり、と鎖の音をさせ、三節棍を戻した一角の後ろに、ふわり、と、影が降りた。

「…弓親、テメェやり過ぎだ、馬鹿」
「そう?此れでも比較的加減した方なんだけど」

 小首を傾げ、可愛らしく一角の顔を覗き込む弓親。
と、其の脳天に、硬い音を立てて一角の拳が一撃を浴びせた。

「つ、ッ……!い、っかく、痛…」
「馬鹿だ馬鹿、テメェは本っ当にな!どうすんだ、俺まで巻き込む気かアァ?!」
「だからって普通握った拳で殴る?馬鹿はどっちだよ一角の馬鹿ッ」

 頭を抑えつつ抗議の声を上げる弓親に、引かぬ態度で喧嘩をふっかける一角。
遠くから成り行きを見守っていた部下達は、さて如何したものかと互いに顔を見合わせた。
ぎゃあぎゃあと煩く言い争いを止めない上司二人に、取り合えず先に帰るか、と
投げやりな結論を出したのは、二人が喧嘩を始めて十分が経とうかとしている時だった。

「弓親テメェなぁ、あンな戦い方してたら、間違って斬り殺しちまうぞ?」
「――いいよ」

 脅し文句気味に呟いた一角の冗談に、弓親は静かに言葉を返した。
あまりに其の一言が真摯で、静かで、落ち着いた声色で。
思わず一角は弾かれたように顔を覗き込み、じっと見詰めた。

「――最後に君の眸を見詰めて逝けるのなら――僕はどんな罪でも構いはしない」

 しん、と。死臭の漂う剥き出しの大地に、静寂が走った。


「…なんて、本気にした?」
「……からかうなんざイイ度胸だな、オイ」

 くすっと笑みを零しながら顔を逆に覗き込んだ弓親を抱き寄せ、息が出来ぬほどの口付けで
一角は言葉の外で返事をした。血錆の、キツイ味が唇越しに舌を痺れさせる。


 何時かは起こりえる未来なら

 其の時、君の眸に最後に写るのは僕であればいいと思う

 そして、僕の眸に最後に君が写るのならば


 僕は君に―――


 ―――殺して欲しい

<了>

隣り合わせ=君の横、この居場所、死ぬかもしれない危険、来ないかも知れない明日
隣り合わせの死=君の隣に居る限り得る可能性の、ひとつ
そのなかでもしひとつ、しあわせをみいだせると、したら

…バトルシーンを久々に書きたかったのですが。
BGMはALI PROJECTの【阿修羅姫】。
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