※鉄弓。シリアス。色々怖いこと書いてますが、
書いた本人が一番思ってます。「こうはなりませんように」
BGMはSound Horizonの『リヴァイアサン/終末を告げし獣』より『死刑執行』
あの人は太陽だ。灼熱の光に照らされれば最後、届かぬと知りながら追い求める。
あの子は月だ。太陽に恋いこがれ其の体いっぱいで光を受け止めて光り輝く。
彼は向日葵だ。太陽に焦がれ、太陽だけを追い求めて、空高く其の身を伸ばす。
「そしてね、鉄さん。僕はきっと」
他の花と共に咲くことを許されぬ、葉無し花無しの毒の花。
そう言って笑った僕の髪を、貴方の手が撫でた。
< 彼岸花 > 季節外れの川岸に、彼岸花の茎だけが、寂しげに佇んでいた。
既に葉の時期も過ぎ、後は消え絶えてしまうだけの、哀しい姿。
近づいて手折ろうとすると、貴方の手が横から伸びて、僕の手を掴んだ。
「弓、悪戯に命を摘み取るようなことは、いかん」
「……解ってるよ…」
大人しく手を引き、小さく笑って見せた。
川岸に群れる葉無し花無しの茎が、五月の風に僅かにそよぐ。
「茎はひとつなのに、決して花と葉が共に在ることはない…何だか、哀しいね」
季節になれば紅一面に染まるのであろう川岸を、目を細め見遣る。
彼岸の頃に来れればよかったのに…そう思う僕の頬を、風が撫ぜた。
柔らかな風にはらりと揺れる髪を抑え、暫しの言葉のない空間に、佇む。
「………死人花、幽霊花、墓花…葬式花とも呼んだっけ…」
不吉を象る呼び名ばかりを並べ、また、小さく笑ってみせた。
僕の後ろに立つ貴方の姿を見ることなく、一歩、足を進めて。
振り返らずとも解る、平素の表情を浮かべてそれでも、心配そうに僕を見遣る姿。
「だからこそ僕は…彼岸花でありたいと、思う」
満面の笑み浮かべ振り返れば、虚をつかれたような貴方の顔。
その表情が少し可笑しくて、見たこともないような表情で…くすくす、と笑みを浮かべた。
大丈夫。貴方が心配するような思い悩みでは、今回は、ないから。
「例え他の花と共に咲くことを許されなくても…墓守の花で居られるのなら」
虚圏、破面、仮面の軍勢。
今まで見たことも出会ったこともないようなモノと、この先戦いは逃れられない。
例えばそれは、向日葵が枯れ朽ちてしまうかもしれない。
月が失せてしまうかもしれない。太陽すら…亡くしてしまうかもしれない。
きっと、沢山のモノを、たくさんの者を、殺して、殺されて。
だけど尚、其処に自分が在ることが許されるのなら。
「毒を孕み、悲しい思い出と一途な想いを抱いて、真っ紅に咲き続けたい」
其れでも凛と前を向き咲こう。
白彼岸を紅に染める血を浴び、全てを見届けて尚、生きていられるのならば。
後の時間は一刻残さず、傍に在り続けることだけを選ぼう。
「置き去られることも、独りにされることも、慣れているから…」
「…嘘でも、そがんことは言うな」
厳しさが乗った貴方の声に、眉を下げた。
一歩後ろに下がり、茎だけの彼岸花の中に立つ。
御免なさい、と小さく告げて――でも、と、僕は続ける。
「それは、全てが終わった後の話…もしも、置いていかれず、其の場所に居ることが出来たなら」
目を細め、其のことを”想像”する。
起こりえない未来――否、起こって欲しくない、仮想の未来。
ずる、と――胎内から、人喰い孔雀が、僅かに羽を瞬かせた。
仄緑の光が風のように立ち上り、其れと共に、茎が萎れ、枯れてゆく。
「どれか一つでも欠けたなら…全てを喰らって、僕も消える」
災厄も、敵も、何もかも。
護りたいモノ以外全てを喰らって、呑み込んで。
跡形もなく塵と化し、そして初夏に消える彼岸花の如く、僕自身も消えてしまおう。
「――考えたくなんてないけどね」
すぅ、と、仄緑の光を収め、自嘲を浮かべた。
風が、先程までと何ら変わりのないように、僕の頬を、枯れた茎を撫でる。
「…彼らと一緒に出たとして、一番弱いのは、僕だから……怖いんだ」
手をぐっと握りこむ。爪が、掌に食い込む感触がした。
弱くはない。だけど、彼らはもっと強い。足手纏いになるのは、死んでも嫌だ。
其れでも近くに居たい。隣に居たい。どうしようもないエゴで、頭がくらくらする。
だから、もし、其処に在ることが許されるのであれば。
「……其れが、僕なりの戦い方、だから」
毒を孕み、紅く、あかく咲こう。
「知っている貴方だから…知っていて欲しかった」
人喰い孔雀の本当の羽の色を知る貴方に。
そう告げると、貴方は僕の目の前に立って、やさしく、僕の頭を撫でた。
諌めるでもないその優しさに、僕はいつも甘えてしまって。
気づけば、身体を委ね、抱きついて、甘えていた。
「…雲になって、枯らせてしまえばえぇのにの」
「え…?」
「そんなら、おんしが彼岸花に成らんで済む」
頭の上から届いたぽつりと呟く言葉に、頬がかぁと熱くなるのが解った。
いつも貴方は、優しくて、温かくて。だから、つい甘えてしまって。
抱きついて顔を埋めた貴方の肌の暖かさに、心の中にあった冷たい思いが解けていく。
「……鉄さん」
「何じゃ」
「…見守ってて…傍にはもう居れないけど……」
浮かびそうになる涙を服の裾で拭い、ぎゅ、と、背中に回した手で服を掴んで。
だが、言葉は続くことなく、毀れる涙に混じって嗚咽だけが僅かに響いた。
色々なものが胸の中で交じり合い、言い表せない感情が浮かんでは消える。
そんな僕の頭を掌で優しく包んで、貴方は、一言。
「…次の彼岸には、皆で此処に花を見に来ようかの……えぇか、皆、で、じゃけぇ」
うん。
その短い一言すら発することも出来ずに、僕はただ、佇んで、腕の中、泣いていた。
其れこそ風に揺らされる彼岸花の茎のように。
<終>
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