※角弓微シリアス。
ねぇ、一角
眩い現世のその空は、暗いんじゃないよ
あれは
黒いんだ
そして僕はあの黒を空とは呼びたくない
< Sky >
現世で言うところのイルミネーション。
ちかちかと眩くビルを照らす人工の光が目の奥でちかりとしたようで、
弓親は眉間にしわを寄せ、幾度かきゅっと瞬きをした。
久方ぶりの現世での任務で、群れから逸れた虚の始末をしてる最中。
命じられるままに深追いをして、気づけば市街地に至っていた。
虚”だったモノ”は、足元でどす黒い血を流してぴくりとも動かない。
(――…血の赤は美しいけど、醜い)
飛び散った血飛沫で、自分が今立っている屋上は染まっていた。
最も、普通の人間には見えるはずもないものだから、支障はないのだが。
ず、と足底を擦り付ければ、ざらりと掠れた血が不気味に線を描いた。
手も、頬も、体も、足も、返り血の血化粧で赤く、そして黒く。
見下す瞳は冷たく、浮かべるのは――虚無。
まるでこの空――と呼べない黒い天蓋のようだと、弓親は空を仰いだ。
――嗚呼、黒い。
眼下に見下ろす眩い街の光が邪魔をして、星明りを見ることは叶わない。
新月の今宵は見上げた空は一面の『黒』。
血腥い屋上で、その血を拭うことも忘れ、弓親は唯、『黒』を見上げていた。
ふ、と。
黒の中に別の色が混じり、此方へ飛来する何か、が見えた。
一歩身を引いてスペースを空けると、空いた其処にざぁっ、と滑り込む音を立て、
ビルを飛びわたってきた相手が着地し、よっ、と体勢を整えた。
「一角…本隊は終わったの?」
「おーよ。後始末始まったからアイツらは帰らせた」
アイツら、とは今回の任務に同行した十一番隊の隊員達である。
何処と無く軽いその様子に、誰一人致命的な怪我がなかったと悟り、
そう、と安堵したように弓親は頷いた。
ひょいっと後ろの虚の残骸を覗き込んだ一角は、派手にやったなァ、と
笑いながら、地獄蝶を本隊の居た方向に向かわせた。
「お前から連絡なかッたからな。大方、後始末する連中呼んでねェんだろ?」
「あ……うん。呼んでくれるの?」
「ついでだッつの…つーか、何か調子狂うな。どッか怪我したンか?」
しおらしく大人しい弓親の顔を不思議そうに覗き込み、
頬にこびりついた血を、一角は指先でぐいと拭ってやった。
強い指の力に嫌がるように眉を顰め首を振る姿に、いつも通りか、と一角が思ったとき。
「…あまりにも、黒いから」
突拍子なその言葉に、あ?と訝しげに弓親を見つめる。
が、その瞳が自分ではなく上を向いているのを見ると、つられたように己も上を見上げた。
其処にあるのは一面の、唯、只、『黒』。
「…どうして現世は、空を塗りつぶす程明るくなってしまったんだろうね」
ぽつりと呟かれた一言に、一角はぽり、と首の後ろをかき、肩をすくめた。
高いビルを上ってくる風が、死覇装の裾を揺らす。
「星も見えない『黒』が上にあって、現世の人間は怖くないのかな…」
「怖いから、こンだけド派手に下を照らすンじゃねェか?」
「照らさなければ、星が示してくれるのに…なのに、近い光を求めるなんて、愚かだ」
「いいじゃねェか…怖がらせといてよ」
「………どうして?」
伺うような声は怖いほど静かで、虚ろで。
感情がまるでないような瞳は、まだ髪が長かった頃の面影を残していた。
生きながらにして死に体。張り付いた表情の美しい人形。
世界全てを斜めに見て、己を打ち捨てていた出会ったばかりの弓親を思い出し、
一角は傍に寄ると、返り血に濡れあった体を引き寄せ、抱き締めていた。
背中をさすり、薄く、聞こえぬほどの呼吸が確認出来るまで待って。
何度もやってきたように落ち着かせてから、一角は次の言葉を紡いだ。
「流魂街じゃ、死神は怖がられて嫌われンだろ。それと同じっつーコトじゃねェのかな、ってよ」
「……どういうこと?」
「だから、現世に生まれ変わってきても、黒が怖いっつー記憶があんじゃねェのか?」
あ、と。声が毀れた。
死覇装の黒。塗りつぶされた空の色。
こじつけだ。そう思ったのに、やがて弓親の口からはくすくすと笑みが毀れていた。
「じゃあきっと…夜の黒さを怖がらない人間は、死神だったんだね」
「ん…あー、そうじゃねェか。それか瀞霊廷に近い場所に居たかだな」
血塗れの体を気にせず暫し抱き合っていたが、
近づいてくる人のものではない霊圧に気づき、どちらともなく体を離した。
「斑目三席、本隊の方は作業完了しております…綾瀬川五席、お怪我は?」
「大丈夫。全部返り血だから…僕が仕留めたのはこれ一匹。始末、頼むよ」
「承知しました。任務、お疲れ様でした」
到着した他隊が虚の残骸を片付け始めるのを見て、
先に帰るか、という一角の言葉に頷いて、弓親は地獄蝶を取り出した。
ひら、と僅かに飛んで、ぱきぃ、と言う音と共に、其処に戻るための扉が作られる。
「……ねぇ、一角」
開いた紅の障子から戻る刹那、弓親が急に発した言葉に
一角は、あ?と其方を向き、何事かと続きを待った。
「此処は僕らの住む世界じゃないね。空が空でないんだもの」
淑やかに、艶やかに笑みを浮かべ。
形作られる笑みも声も、いつも通りの弓親で。
「…そういうコトだな」
笑みと声をひとつ残し、二人の死神の姿は、紅の障子の向こうへ消えた。
彼らの空の下へ。
<END>
過去捏造とか何とか、色々散りばめてみました。
きっと弓は空を照らす星が好きだと思う。
でも届かないものを間近に作る人間の心情も理解できてしまうと思う。
光を散りばめたばかりに星を消してしまった行為を自分の心に重ね、危惧してしまう。
そしてそんな弓親を引き戻してくれる眩い光のひとつが、一角だと思う。
……や、頭の話ではなく(オトすなソコで)
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