ニコペコ/nico peco様の
★角弓スキさんに13のお題★をお借りしました。
※予告編と統合しました。
シリアス角弓。捏造考察アリ。
初心に戻って残酷で冷たい弓を書こうと思いました。
ちょびっと流血表現アリ。
「ね…皮肉なものだろう?」
空気がずるり、と、禍々しく動く。
空間の歪曲。大気の鼓動。世界の畏怖。
くつくつと口元に浮かべる笑みは歪。
瞳ばかり哀しそうに笑っては、つぅ、と頬を一筋、涙が落ちた。
零れる血。紅花よりも赤い其れが、死神の指先から零れては地面に滲みる。
「月は、太陽が出ていない時が一番美しいなんて」
刹那。
人喰い孔雀の翡翠の翼が、仄光り羽根を伸ばした。
【題8.太陽と月】
もがく。足掻く。喰われては為るものかと、虚の腕は空しく虚空を掻いた。
苦しい、という感覚がないことが一番恐ろしい。
痛みもない、苦しさもない。唯、体力が失われていく感触。
――否、”己”が失われていく、感触。
咲き狂う藤孔雀の能力、其れは”崩壊”――。
世界と他を同一化させ、存在するために内包している霊子を、世界に戻す。
硝子に満たされた水が、触れられる事無く気化し大気に混じると例えれば良いだろうか。
其の行為は、消耗であり疲労。先の檜佐木に仕掛けたモノがそうであったように。
虚が、もう一度足掻き始めた。
完全に消耗させられる前に仕留めれば、勝てる。
だが、揮った爪は届く事無く、大気に四散して消えた。
死神が、艶やかに笑う。
「悪いけど、加減は出来ない…卑怯だって?…そんなことはないよ」
翡翠色の孔雀の羽根が伸びた箇所が、”外殻崩壊”を始めた。
――自意識のない恐ろしさを、考えたことはあるだろうか?
完全なる”崩壊”は即ち”個”の崩壊であり、世界という”全”と同一し、意思を失うと云う事。
其処にあるのは唯、永劫の浮遊感。”無”ではなく、意思を持つことすら許されぬ、喪失。
「彼を不意打ちしようとした時点で、貴様は一番醜く、除外すべきモノなのだから――」
艶やかに笑っていた死神の声が、冷たく弦を張った。
呼応するかのように、孔雀の羽根が一斉に伸びる。
まるで其れは――喰らい尽くしてしまわんと。
貪られる。屠られる。殺される。
痛みもなく己が消えていく様を、恐ろしいほど鮮明に、虚は感じていた。
冷たい眸が、見下ろす。
一片の慈悲もないその眸に、懺悔を求めるように最後の手が伸ばされる。
「―――喰らう価値すら、貴様達にはない」
そして、静寂だけが世界を支配した。
殻を失った霊圧が、元に戻ることは無い。
この力を己自身でも奇異だと、恐怖したこともあった。
嘆き、苦しみ、狂いそうになったこともあった。『力』を使えば使う程、彼からは遠ざかる。
与えるものは死以上の痛み。ならば自分の背負う咎は殺し以上のモノ?
零れる血。紅花よりも赤い其れが、死神の指先から零れては地面に滲みる。
僅かに濃度を増した大気の霊圧が、己が口から沁み込んで体内を侵すようで。
自分が崩壊させた虚の気配を感じ、死神は口を押さえた。
殺すということは、殺されるということと背中合わせで。
其れに怯える自分を見せぬようにと誤魔化す自分を、醜いと思った。
だからこそ、殺されることをも厭わぬ彼らを美しいと、誇りに思った。
鬼神、修羅、羅刹。彼らの存在は死と同義。死こそ誇り。死のみが終焉。
其処に身をおき、同一になりたいと願った。同じ”モノ”になりたいと思った。
なのに。
「ッ、い……っか、く…――」
ぐらぐらする意識に耐え切れず、四肢を地面に投げ出した。
全身から冷や汗が滲み出し、呼吸がひぅと狭くなり、危うくなる。
引きつるような手足、目の前にノイズが走る。零れる言葉で呼んだのは、愛しい人の名だった。
其れは力の副作用だろうか、罪の呵責だろうか。
途切れそうになる意識の中、指先から漆黒の地獄蝶を取り出す。
ひら、と其れが舞い上がった空は、眩い程の満月が薄く輝く夜空だった。
本隊から離れすぎて深追いした森の中、仰向けになっても見えるのは夜空だけ。
煌々と身を光らせる月に、不意に歪んだ笑みが浮かんだ。
蒼と、仄金のコントラストが、危うい意識に霞がかり、ひとつの言葉を思い浮かばせる。
月が夜に一番美しいのは
舞い上がって消えた筈の地獄蝶の気配を感じ、続いて、彼の気配を感じて。
みっともない姿を見せてしまう、と僅かに表情を曇らせた。
だけど同時に…一番最初にこの姿を見つけるのが彼で良かったと、死神は思った。
その尤も輝く姿を 太陽に見られたくはないから
死の香と血の香が漂う月の下、そうして弓親は意識を手放した。
【終】
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