※パラレル注意。前回の続きです
〔 -Over- Chapter.1-1 〕
人の流れの緩やかな、平日の昼下がり。
そこそこの規模と繁盛具合を持つアーケードを、コンビニの袋を片手に男が歩いていた。
昔ながらのその軒並みは、メインストリートから一本横に反れれば
同じアーケードの中とは思えない昭和の空間が、姿を現す。
石畳の上に不釣合いな畳を張った椅子が見えれば、男の帰る場所は直ぐ其処だった。
アーケードの屋根より僅かに高い四階建ての古いビル。
店子になっている一階の工務店に脇に設えた階段を登ると、職場兼棲家が姿を現した。
-『更木探偵事務所』-
硝子部分にそう白く書かれた扉を開けると、馴染んだ煙草の匂いが、男を出迎えた。
「ただいまー。昼飯買って来たぜー」
「あ、一角さんお疲れ様です」
手近な机にどさっとビニール袋を置くと、後輩の恋次が手を止めて手伝いに来た。
メモ通りに袋の中身を選別すると、其処に四人分の食事が用意された。
其の中のひとつをひょいと摘み上げると、部屋の隅でお茶の準備をしていた部下に、
眉間に皺を寄せつつオーバースローで思いっきり投げつける。
「オイ荒巻、テメェこンなモン頼むンじゃねぇよボケ!」
かこんっ。
「痛っ…な、投げつけないで下さいよ斑目さん~」
「うわー…こりゃまた可愛らしいお菓子で…」
桃色のパッケージの季節限定チョコレート。
これをコンビニのレジに一緒に出した時の、店員の何とも言えない顔を思い出して
一角は益々苦虫を噛み潰したような顔になりつつ、自分の飲み物を手に取った。
「恋次、飯にすっから所長呼んできてくれや」
「あ、はい」
一見すると極道集団にしか見えないが、此処は一応、探偵事務所である。
尤も、真っ当な探偵事務所のような依頼は受けない。というより、来ない。
(稀に間違えたのか普通の依頼主が来るのだが、扉を開けて5分持った依頼主は居ない)
此処で受けるのは、真っ当な探偵事務所には頼めないようなドロドロとした中身のものが主。
裏社会の探索やら調べ物やら、犯罪にならない事は一通り受け付ける。
――そう考えれば、極道集団と考えてもいささか間違いではないのだが。
或いは、世間一般からは爪弾きされるような、普通ではない依頼。
現に、アルバイトである恋次が此処を訪れた理由は、『神隠しにあった友人を探して欲しい』だった。
ある日いきなり居なくなった友人が何処に行ったのかは、未だに手がかりも無い。
だが、もし裏社会の人間が何か関わっているのなら、いつか解るかも知れない。
そう考えてアルバイトとして居ついたのも、既に二年ほど前の話しである。
経営状況を見れば、完全な道楽である。
というより、元々経営云々を考えて作られた場所でもなければ、誰一人として
まともに探偵をしている気はない。今居るメンバーも過去に在籍していた人間も、
皆とある筋から流れてきた荒くれモノであった。
そんな探偵事務所の所長として設立から存立しているのが。
「暇だな…一発殺人事件でも起こんねェモンか、なァ?」
「物騒な事言わないで下さい所長…!この間ひったくり捕まえたとき、やりすぎって注意されたでしょうが…」
所長室から姿を現した、長身の猛々しい男、更木剣八である。
がさがさ、と無機質なビニール袋を破る音が響く。
10畳ほどの部屋の中、椅子やソファに思い思いに座って食事を取るのが、当たり前の風景だった。
「つか恋次、お前さっきの声コッチまで響いてたぞ」
「だってそりゃ、所長が物騒な事言うからですよ…」
「アァ?テメェは冗談も解ンねェのか」
「イヤ、すいません所長が言うと全くちっとも冗談には聞こえないんですけど…」
顔を青くして緑茶をぐっと喉に流し込む恋次。
いい加減慣れろよな、と笑いつつ一角が二個目のからあげを口に放り込んだとき。
ガシャン――ドサッ!!
いきなり、大きな硝子を叩き割ったような音と、
少し遅れて物を床に落としたような音、そして軽い揺れが、天井から聞こえた。
ぱら、と天井から塗装の破片が、応接テーブルに落ちる。
四人の視線が、各々の部屋になっている階上に集中する。
暫く食事の音だけが響いていた静かな事務室に、所長が鶴の一声を落とした。
「荒巻、見てこい」
「へ!?……あ、イヤ、行かせていただきます」
情けない背中が居住スペースへの扉の向こうに消え、
階段を登るきしきしという音が静かな室内に響く。
訪れた静寂に三人が食事を再開したのも束の間、どたどたどたという
けたたましい足音が響き、戻ってきた荒巻が開口一番、叫んだ。
「所長、ふにふにでした!」
バキャッ!
「馬鹿野郎、訳わかんねェだろうが」
「いや所長、それ殴り飛ばす前に言っておきましょうよ…!」
右ストレートにより吹き飛んだ荒巻をよそに、思わずツッコミが入った。
そのまま歩き始めた所長の後をついて、恋次も上階へ上がる。
三階の廊下の端、半開きになっている物置の中に、”それ”は静かに眠っていた。
細くしなやかな、少しだけ癖のある淡い桃色の髪。
ふわりと柔らかく、確かに”ふにふに”の頬。
フォーマルワンピースというには少しだけレースの多い服は、
眠る幼い少女の身体を守るように覆っていた。
高いビルの上、避雷針の上に足先を下ろして弓親は立っていた。
あの世界の出口から目的の世界に出られたまでは良かったが、
無理やり繋がれた出口を使ったせいで、はぐれてしまったのだ。
(それにしても、『創世』と『門』の能力を併せ持っているなんて…)
まさか、矢張り。
僅かに眉が顰められる…が、ふ、と表情は緩やかに戻った。
(……関係ない。僕は、あの子の生きたいように、進ませてあげたいだけ)
睫毛につけている虹色の飾りに触れ、目をそっと閉じる。
ぱり、と空気が僅かに音を立て振動し、風がびゅうと吹いた。
(―――見つけた)
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